
| 血液型 | O型 |
|---|---|
| 体 格 | 身長171cm 体重64kg |
| 座右の銘 | 至誠通天 |
| 家 族 | 妻(西尾久出身) 長女(小三) 長男(小一) 次男(4才) |
| 趣 味 | 家族旅行 史跡めぐり ジョギング 読書、ダーツ |
| 好きな 食べ物 | ラーメン、つけ麺 素麺、蕎麦 鰻、カレーライス |
| 昭和45年 | 1970年10月16日 サラリーマンの家庭の長男として誕生 |
|---|---|
| 少年時代 | 走り回るのが大好き。勉強はそこそこ? 小・中学校 5年間 学級委員長 |
| 高校時代 | 埼玉県立川越高等学校 (映画・ドラマ「ウォーターボーイズ」のモデル校) 陸上競技部に所属、3000m障害や駅伝などに熱中 |
| 大学時代 | 日本大学法学部。国際政治ゼミを専攻 友人の紹介で選挙のボランティアを初めて経験 |
| 平成7年 | 株式会社 高栄(水産物専門商社)入社 新規事業(鮪と鰻の飲食店事業)の立ち上げに参加。 銀座店に勤務。 加工工場(静岡)では冷凍マグロと格闘 |
| 平成9年 | 株式会社 矢野経済研究所 入社 研究員として主に紙パルプ業界を担当 北海道から九州まで日本全国を企業の取材で飛び回る |
| 平成14年 | 独立。市場調査の受託業務を開始 |
| 平成16年 | 第2子誕生を受けて、政治の道を志す |
| 平成17年 | 民主党 前衆議院議員 井上かずお 公設秘書 |
| 同年7月 | 東京都議会議員選挙に立候補 14,154票のご支持をいただくも惜敗(次点) |
| 同年10月 | 新聞輸送のアルバイト(トラック運転手)を開始 (1年間) |
| 同年12月 | 資本金5万円で会社設立 会社経営とアルバイト(夜間)をしながら、政治活動を続ける |
| 平成19年 | 荒川区議会議員選挙に立候補 3,207票のご支持をいただき当選(第1位) |
| 区議会 | 民主党・市民の会 幹事長 議会運営委員会 理事 総務企画委員会 委員 文教・子育て支援委員会 委員 観光・文化推進調査特別委員会 委員 青少年問題協議会 委員 消防団運営委員などを歴任 |
| 平成21年 | 東京都議会議員選挙に立候補 34,063票のご支持をいただき当選(第1位) |
| 都議会民主党 副幹事長 公営企業委員会 理事 平成20年度 公営企業会計決算特別委員会 委員 厚生委員会 副委員長 東京都 観光事業審議会 委員 東京都 スポーツ振興審議会 委員 民主党東京都連 青年委員会 委員長 東京青年会議所(JC)荒川地区委員会 OB会 荒川消防団第七分団 団員 荒川桜門会 役員 荒川法人会 会員 |
12日(日)に投開票された東京都議会議員選挙。
私自身、驚くほどの多くの方々からご支持をいただき、当選させていただきました。
昨日、今日の朝の駅頭、街宣車での報告、多くの方々から「おめでとう!」「頑張ってね」、「頼むよ」と、声をかけられました。
選挙中も、何人もの方から、「期日前投票で入れてきたよ」、と激励を受けました。
結果が出て、ほっとすると同時に、ご期待に応えていかなければならない責任の重さを痛感しております。
今日、午前中、区役所にて当選証書を受け取りました。
明日、民主党の会合で、都議会議事堂に参ります。
選挙中に訴えてきた都政の課題、都政改革に全力で取り組んでいくべく、既にスタートを切っています。
今後とも、皆さまの声をお寄せくださいますよう、また、叱咤激励いただきますよう、宜しくお願いいたします。
平成21年7月14日
たきぐち学
街中に、木村たけつか東京14区総支部長と私のポスターが貼られているのを目にされる方もいらっしゃるかと思います。
7月に行われる東京都議会の選挙に、私が民主党公認予定候補者となりました。
区議会議員としてスタートを切り、走り続けている真っ只中にある中で、都議会のお話をいただいたことは、正直なところ、想定外でした。
しかし、いろいろな方々からの推薦の声を聞き、熟考に熟考を重ねた結果、決断いたしました。

2年前の4/22に、皆さまのお力添えをいただいて、区議会の壇上に押し上げていただいてから、私なりにがむしゃらに、議会活動、地域活動に取り組んでまいりました。
議員として初めての仕事が、議会出席手当て・費用弁償の廃止でした。2年目からは会派の幹事長として、幹事長会に議会改革の要望書を提出し、ひとつひとつその実現の道を探ってきたところです。
ここにきて、党派を超えて「議会の在り方検討会」のような会議体を設置して、議会改革に取り組むべきだということを主張しています。
この2年間で、8回の定例会を経てまいりましたが、本会議場で、代表質問を2回、条例や意見書等に対する意見を述べる討論を6回、行ってまいりました。
私に投票していただいた方々、応援していただいてる方々のご期待に応えるためには、自らの考えを積極的に議会で発言していくことが、議員としての大きな責務のひとつであると考え、議会活動に取り組んできました。
また、様々な施策について、時には、区民の方々の利害が対立することもありますし、会派の中で意見が割れることもあります。その際は、区民の方々の話をしっかりと聞き、会派の中でじっくりと話し合い、判断をするように心がけてきました。

政治の要諦は、税金の使い方に尽きるのではないかと思います。
荒川区の財政規模は一般会計で862億円、これに対して東京都は6兆6,000億円で、荒川区の77倍の規模になります。特別会計を加えると、東京都が12兆8,000億円、荒川区1,286億円で、その差は100倍に膨れ上がります。
それだけ大きな税金を執行しているにもかかわらず、東京都が何をしているのか、都議会議員がどのような仕事をしているのか、意外に知られていないのではないかと感じています。
先日、民主党のある都議会議員が、都政は、「支援団体的」、「中間管理者的」で、区民の方から、東京都は何をやっているのかがよく分からない、という指摘をよく受けるとおっしゃっていました。
区役所の前に住民がいるが、都庁の役所の前には住民がいない、生の住民の声が入りにくい。加えて、自民と公明が過半数なので、東京都も与党にだけ相談すればいい、という状況にあるとのこと。そのような状況の中で、莫大な税金の使い道が決められていることになります。
象徴的なのが、「新銀行東京」ではないでしょうか。1,000億円の出資金で設立され、経営悪化を受けて400億円の追加出資が行われたことはご承知のとおりです。この3年間で累積赤字が1,016億円に達しています。
その原因として、112億円のデフォルト(債務不履行)があり、また、設立当初のATMやシステム関係の過大な投資、物件費も指摘され始めています。荒川区の一般会計予算が862億円ですから、それを大きく上回る規模の税金が、無駄に捨てられているにも関わらず、現段階で、誰も責任をとろうとせず、損失の中身も明らかにされていません。
荒川区にも様々な課題があり、例えば、特別養護老人ホームは約700人の方が入所待ちの状況です。働くお母さんが増え、保育園の待機児童も増えつつあります。これらを解消するには多大な投資が必要で、新年度予算の中で、新たな特別養護老人ホーム建設の土地取得22億円(正確には公園部分も含まれて交付金が出るもので、土地開発公社が購入)、ふれあい館と併設する保育園の新設のために約9億円が計上されており、区の財政からすると大きな投資でありますが、新銀行の損失額と比べられる額ではありません。
また、荒川区の862億円のうち、荒川区の自主財源の柱である特別区民税は150億円で17~18%です。東京都が法人住民税や固定資産税などいったんプールして、各区に配分をする特別区財政調整交付金(特財調)は380億円で44.1%を占め、東京都からの負担金、補助金、委託金はが0億円で、両者を合わせると東京都から流れてくるお金が50%近くなります。それだけ都と区は財政的な結びつきが強いといえます。このほか、国からの補助、国庫支出金は120億円強、約14%です。
国庫補助金は、土木費すなわち市街地再開発事業や密集住宅市街地整備促進事業など、いわゆるハード面での補助金が80%に達するのに対して、都補助金の中身をみると、民生費に分類されるソフト面での補助金が50%(49.5%)を占めています。ソフト面での政策とは、老人福祉費、認知症高齢者のグループホーム整備であったり、障害者福祉費、私立幼稚園の保護者負担費などで、こうしたところで、東京都と区の施策が密接に関わりあっていることが分かります。
区民にとって、税金が有効に使われることに、都政も区政もありません。東京都政が、住民の声が届く税金の使われ方をしていくことによって、荒川区行政もさらに充実したものになっていくことになると言えるでしょう。
私は、縁あって、荒川区に居を構え、政治の道を選択しました。荒川区で生まれ育った地域の方々、そして、新たに荒川区に移り住んできた新住民といわれる方々が増え、荒川区の人口が20万人を突破しました。下町の良さを残しながら、新旧融合の魅力ある荒川区となるよう、全身全霊をかけて仕事に取り組んでいく、その想いに一点の曇りもありません。
今回の決断にあたり、ある地元の尊敬している方から「緊褌一番(きんこんいちばん)」という言葉を送っていただきました。大勝負の前の心構えとして、褌を固く締める、気持ちを引き締めて覚悟を決めてとりかかる、という意味です。
地域の方々に信頼される政治家として、また、痛みの分かる政治家として、次なる挑戦に向けて「緊褌一番」の決意で臨んでまいります。
平成21年4月24日
たきぐち学

拝啓 早春の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、一昨年の東京都議会議員選挙での戦いを経て今日まで、一社会人として日々を過ごす一方、定期的な駅頭演説を続けながら、町会活動や消防団、東京青年会議所などの地域活動に取り組んでまいりました。
私は、大学卒業後約十年間、民間で仕事をしておりましたが、縁あって、結婚を機に荒川区に居を構え、二人目の子どもが生まれたことが、政治の道を志す大きな気持ちの転換点となりました。子どもを狙った残虐で残忍な事件が相次ぐなど、社会全体の閉塞感が増す中で、直面する様々な問題に対して、「誰かがやってくれる(人任せ)」、「自分には関係ない(無関心)」、「あれはおかしい、これもおかしい(評論家気取り)」等々、「当事者意識」を欠いているのではないかと自問自答。そして、親として、大人としての責任を果たしていくべきだ!という強い気持ちが沸点に達し、政治の道を選択するという行動に至りました。
荒川区議会議員選挙に挑戦するにあたって、子どもたちがのびのびと成長できる荒川区、お年寄りがいきいきと暮らせる荒川区、活力があって、笑顔と希望のあふれる荒川区にしたい、努力した者・正直者が報われる社会を創っていきたい、その初心は変わりません。
初めて朝の駅頭演説を開始してから二年、三十六歳となりました。働き盛りの今こそ、子育て世代の代表として、愚直な想いで、誠心誠意、区政に取り組んでまいります。荒川区議会に新しい風を起こし、地域から政治を変える、荒川から日本を変える決意です。
すべての世代の未来のために、荒川区の未来のために、全力を尽くします。ともに立ち上がりましょう!
末筆ながら、皆様のご健勝を心より祈念申し上げます。 敬具
平成十九年三月吉日

「経済一流、政治三流」 そう言われていた時代があった。
少年心ながら違和感を感じていた。
昭和45年(1970年)に生を受けた私は、いわゆる団塊ジュニア世代と呼ばれている。
幼少期を高度成長期の中で育ち、大学時代にバブル経済が崩壊、買い手市場の就職活動を経て、社会人へ。携帯電話とインターネットの普及で、社会のシステムが変わった。そんな世代である。
そして今、結婚して子どものいる家庭を築いたものは、団塊ジュニアマーケットの一翼を担い、いまだに独身でいるものは、各自の領域を謳歌している。声高に世代論を唱えるつもりはないが、社会的な責任を感じる年代となったことは確かだ。私はサラリーマンの家庭の長男として育った。政治が身近にあった訳ではない。
それでも大学生時代にベルリンの壁の撤廃(1989年)、湾岸戦争(1991年)、ソ連邦の崩壊(1991年)を目の当たりにし、激動する国際情勢を体感した。また、リクルート事件、佐川急便事件、金丸事件等の政界汚職が相次ぎ、報道される型通り「政治改革」の必要性を感じた。友人と酒を飲みながら、政治談議に口角泡を飛ばしあった時期もある。
バブル崩壊から15年、一流と言われた日本経済は大きな転換期にある。冷戦終結から15年、国際情勢は混沌とした様相を強めている。少子高齢化の進む日本は、いよいよ人口減少時代に突入した。国と地方の借金は770兆円に達し、財政再建は喫緊かつ最重要課題となっている。フリーター・ニート人口は270万人を数え、年金制度は破綻。安全神話は崩壊し、社会道徳は荒廃の一途を辿っている、と多くの日本人が感じている。
世界に目を転ずれば、衝撃的な9.11NY同時多発テロは記憶に新しく、イラク戦争を巡る自爆テロの連鎖はとどまるところを知らない。まさに文明の衝突時代にあり、日本は戦略的な外交政策を打ち出す必要性に迫られている。こうした中で、日本人拉致事件はいまだ解決に至っていない。日本社会のベクトルはマイナスに向いたまま、ただ不安感だけ増幅しているようだ。
このままで良いのか?
平成17年2月、朝6時45分、初めて町屋駅に立った。挨拶から始めた。1週間後にチラシを配り始め、マイクを握った。雪の朝には思いがけずホッカイロを手渡され、暖かい飲み物の差し入れに勇気づけられたこともある。声をかけていただく方々が徐々に増えていくのを感じながら、6月、東京都議会議員選挙に立候補した。結果は、得票数14,154票、次点。ご支援をいただいた方々のご期待に応える結果を残すことはできなかったが、その責任の重さを痛感した。
都議会議員選挙後には、突如の解散総選挙。「小泉劇場」による政権与党の圧勝、民主党大敗。政治改革の一環として導入された小選挙区の特性が初めて顕著に表れたという意味で、政治史上大きな意味を持つ結果となった。
私にとって選挙に始まり、選挙で終わった感のあるこの年は、安心・安全が問われる1年でもあった。広島、今市で女児殺害事件が相次ぎ、「子どもの安全」が脅かされている。また、100名を超える犠牲者を出したJR福知山線の脱線事故、さらに、マンションの耐震強度偽装問題が発覚、今なお事件の解明には至っていない。「安全性よりも利益」が優先される現代社会の病理があぶりだされている。
幕末の志士たちは、瓦全(生きているだけで大した事をしない)を恐れるがゆえ、次々と斃れていったと言う。私たちは、直面する様々な問題に対して「当事者意識」を欠いてはいないだろうか?「誰かがやってくれる(人任せ)」、「自分には関係ない(無関心)」、「あれはおかしい、これもおかしい(評論家気取り)」等々。福沢諭吉は「その国の政治の良し悪しは国民のレベルによる」と喝破した。そう、政治のレベルは国民のレベル。少年時代に感じた違和感の答えがそこにある。
私には3歳と1歳の2人の子どもがいる。
人任せでいられない、無関心でもいられない、評論するよりまず動かねば。
未来への責任。 「過去」と「現在」、そして「未来」をつなぐ役割を果たしたい。
明るく、元気に、ともに前進しよう!
平成18年1月 滝口学 拝